目的に応じた住宅メーカーの使い分けを

住宅メーカーについての必要な情報はこちらです。家作りや建て替え等で、あなたの暮らしをサポートします。

New Item Name

売り手との価格交渉なんて無理そうだ、言い値ではとても買えそうにないなあと弱気になった私は、すでに敗者だ。だが、家をのぞき込んだ瞬間、ああ、この勝負はおりるしかない、とすっぱりあきらめがついた。
家の中にも庭にも猫が群れているのだ。その数三十匹ほど。
外観はなかなかすてきなのに、中は足を踏み入れる気が失せるほど散らかっていてにおいがきつい。家を手放す理由も、住んでいたお年寄りのご夫婦が、「猫の世話がしきれなくなったので、田舎に引っ込むため」だとか。
それは理由になっていないと思ったが、買う気が失せたこちらとしてはそれはどうでもいいことだ。とにかく家がついていると思ったからこそ買う気になった価格であって、更地にして家を建て直す資金は、ない。
帰り道、Hさんが「猫さえいなければね」とため息をついた。公道に面した角地で、土地の形もよく、周辺環境も抜群で、家も少なくとも外観は立派なものが建っている。
そのわりに価格が坪単価で百六十五万円ほど。彼としてはずいぶんといい出物だと思ったようで、しばらく残念がっていた。
だが気を取り直したようにいった。「あそこから歩いて五分ほどで、交通の激しい道路に出るんですよ。
空気がよくないです、きっと」私にいいわけしているというよりは、自分をなぐさめているみたいな口調だ。「でも、東京だと交通の激しい道路から遠く離れている家だと、ものすごく不便だったりするんじゃない?ねえ、そうやってあれやこれやこまかいダメをふやしていくと、もうどっこにも見つからないんじゃないですか。
そうじゃなくても東京で家を見つけるのは至難の業だっていうのに」私はついいらだった口調になる。はりきってやってきただけに、私もがっかりしていた。

「いえ、ありますよ、きっと。Kさんさんがお探しになっているのにぴったりの家がきっとあります。
ぼくも地図を見てもう一度研究してみます。気を取り直して、またがんばりましょう、Kさん!」二十歳以上年下の男の子から、私は体育会系の励ましを受けた。
でも私はひそかに思った。楽観は許されないわね。
長丁場を覚悟しましょう。“いま”を充実して暮らせる家を見つけよう土地や周辺環境はいいのだが、家自体がどうにも納得がいかないケースではずいぶんと迷った。
とりあえずはそのまま住んで、ゆくゆく建て替えたらいいではないか、とHさんからアドバイスされたからだ。だが夫が一言のもとにその意見を退けた。
「第一に、そう簡単には建て替えられない。資金を考えてもたぶんあと十年以上そのまま住むことになるだろう。

第二に、ぼくたちがほしいのは、“いま”を充実して豊かに暮らせるための空間じゃないのか?子どもに土地を残そうとか、資産としての家を買うんじゃない。働き盛りのぼくたち二人が心ゆくまで仕事ができて、家族みんなが安全に健康に過ごせるための環境を買うんだ。
だからそれができないような家はいらない」本当にそのとおりだと私も気づき、家で妥協することをやめた。間取りが変更できて、ある程度こちらが気に入るように模様替えできるのならばともかく、構造そのものが気に入らない家やあきらかに私たちの生活に合わないとわかる家は除外することにした。
そんな中になんとか内装を直して住めないかと悩んだ家があった。東横線沿線の駅から歩いて十分ほどで、敷地は五十坪を切るが、高台に建っている三階建てで家は広い。
築七年。周辺環境は申し分なく、冬の晴れた日には富士山も見えるという眺望のよさもなかなかのものだった。
だが公共スペースというのか、玄関や階段や洗面所、風呂場などが狭くてチャチなのが気になった。狭い階段を這うようにのぼると、人一人がやっと通れるほど狭い廊下があって、両側にドアが並んでいる。
それぞれが四畳半から六畳ほどにやたらとこまかく分けられた部屋がずらりとあるのだ。まるでアパートのよう。
家族一人ひとりに個室があり、用途別にこまかく分けられた間取りには「せせこましい」という印象しか受けなかった。そのうえそれぞれの部屋に十分な収納場所が確保されていないためか、どの部屋も乱雑にものが出て散らかっている。
売りに出した理由は「ものが増えたので、郊外にもっと広い家を建てるため」だそうだが、これではどんなに広い家に住んでも同じことではないかと他人事ながら心配してしまった。間取りの変更は可能なのかもしれないが、公共スペースを極限までけずったような家は、構造自体に問題がありそうで、とても私には住みこなせないとあきらめた。

装飾過多でいやになった家もあった。玄関を入ると、吹き抜けの天井から大きなシャンデリアがぶら下がっている。
「これは地震のときに落ちてきそうだ」と、たちまち不安になる。そして目の前には弧を描いた幅二メートルはありそうな宝塚の舞台も真っ青な広い階段が。
その階段の手すりにバラの花の彫り物があるのにも驚いたが、ほかにもやたらと装飾が多い家だった。ロココ調とアーリーアメリカンのカントリー調とファンシー系を合体させようとして失敗した、といったらいいのか。
おとぎの国のモデルルームを見たような気分だ。この家には、気恥ずかしくて住めないとすぐに思った。
いろいろと見て、私が好きなのは“箱”のような部屋が集まった家なのだと気づいた。 〜風という様式美を誇る家はいやなのだ。
出窓もシャンデリアも幅の広い階段もいらない。個性をまったくなくしたことが個性になっている家がいい。
どちらかといえば無機的な感じで、でも機能的に暮らせそうな事務所のような家を望んでいる。家はよくても、周辺環境でひっかかったことも数多くあった。

井の頭線沿線の駅から歩いて十分ほどのところに、四十坪ほどの土地に築五、六年の家が建っている物件があった。角地であり、公道に面している。
小さいながらも庭がついていたし、日当たりがよく、こぢんまりしていたがきちんと手入れがされている家だった。これなら明日からでも引っ越してこられる。
そのわりに相場よりも若干低めの価格がついている。売りに出されて一週間ほどだというが、まだ買い手がついていないという。
売りに出された理由も(不動産屋のいうことを信じるとすると)、納得がいく。「親の仕事を継がねばならなくなって一家で故郷に帰った」。
人の不幸をアテにしたような後味の悪さがない。それに、品のよい外観や使いやすそうな台所や間取り、家や庭の手入れの状態を見ても、前の住民はきちんとした生活をしていた人たちにちがいないと思われる。
「どうしましょう?話を進めますか?」Hさん、すっかり前向きの口調。「そうね。
まずは明日にでも夫に見てもらいます」「価格は交渉の余地ありみたいですよ」はりきるHさん。私もかなり乗り気で、水まわりのチェックに余念がない。
帰りがけに周辺を少し見てまわろうということになった。門を出て角を曲がったとたんに、私は硬直した。
すぐ隣に二階建ての賃貸アパートが建っている。いや、アパートが建っていてもぜんぜん構わないのだが、問題はその外観である。
壁の全面に「い・ち・ご・荘」とデカデカと書いてあり、いちごのオブジェが飾ってあるのだ。屋根が真っ赤で、ごていねいにも緑色のヘタらしき装飾までしてある。
階段もドアも全部真っ赤。そしてドアの縁が緑。


本当の住宅メーカーで自分磨きをしてみませんか?いつもヤル気にさせてくれる住宅メーカーです。
住宅メーカーのコツをつかむためのサイトです。珍しい住宅メーカーのご紹介です。
住宅メーカーを選んでみました。今始めるなら住宅メーカーです。

注文住宅だけ買えば良かった。和の心を加えた注文住宅です。
注文住宅の道は決して楽ではありません。注文住宅は常に絶対的なシェアを誇っています。
注文住宅は評判いいんです!あなたに合った条件で注文住宅をサポートします。